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【日本の未解決事件】時効成立から100年|青ゲットの殺人事件とは

日本には、実際に発生した事件でありながら、半ば都市伝説化している未解決事件があります。

1906年、福井県坂井市で加賀村吉とその母親キク、妻ツオが惨殺される殺人事件が発生しました。

生前の三人が最後に接触した人物が、青い毛布(ゲット)を身に付けていた事から、この事件は後に青ゲットの殺人事件と呼ばれるようになります。

事件名にもなっている「ゲット」は、現地の方言で毛布をゲットと呼んでいる事に由来しています。

今回は、現代まで多くの謎が解明されないままになっている青ゲットの殺人事件についてご紹介します。

青ゲットの殺人事件の概要

吹雪が吹き荒れる森林
  • 事件発生日:1906年2月11日
  • 被害人数:三名
  • 犯人:不明
  • 1921年に時効成立

青ゲットの殺人事件の経緯①奇妙な訪問者

すりガラス越しに透ける手のシルエット

青ゲットの殺人事件は、1906年2月11日に福井県坂井市で発生した未解決事件です。

事件が起こった日の午後9時頃、青い毛布をほっかむりのように被った30代半ばと見られる男性がとある回船問屋に突然加賀村吉を訪ねてやって来ました。

青毛布の男
青毛布の男
神保村に住む親戚が急病で倒れた。危篤で一刻を争う状態なので来てほしい。

突然訪ねてきた男は、そう言って加賀村吉を呼び出したそうです。対応した番台は不審に思いながらもその男を村吉へ取り次ぎました。

当の村吉も「親族の使いで来た」のだという男の証言を信用し、大雪が吹きすさぶ中、回船問屋を後にします。

村吉が外出してから2時間が経過した頃、先ほどの青い毛布の男が今度は村吉の実家を訪ねてきました。

青毛布の男
青毛布の男
危篤の親戚が「三国のおっかさんに会いたい」と言っている。

あろう事か今度は村吉の母親であるキクを呼びつけに来たのです。

しかし、そんな話を聞いた手前、キクは男を無碍に突っ返すわけにはいきません。村吉の母であるキクもまた、青い毛布の男に連れられて実家を離れていきました。

それから1時間が経過した頃、あの男は村吉の妻であるツオも同じような手口で村吉の実家から連れ出そうとしました。

ツオは、2歳になる娘を隣に住む浅井清七の妻ミヨに預け青い毛布の男に付いて行きます。

40分後、この青い毛布を被った男は娘をも連れ出そうと隣家を訪ねたのですが、ミヨは断固断りました。

浅井ミヨ
浅井ミヨ
大雪が降る早朝に幼い子供を連れ出すなんて絶対出来ません……!

この男はどうにかして娘を連れ出そうと食い下がったらしいのですが、ついにミヨが娘を明け渡す事はなく、男はしぶしぶ引き下がっていきました。

青ゲットの殺人事件の経緯②事件発覚~遺体発見

コンクリートの壁に広がる血痕

そんな奇妙な夜を明かした翌朝、三国町から神保村へと続く神保橋のど真ん中が血で真っ赤に染まっていたのが発見されました。

血の海周辺の欄干は明らかに破損されていた事も手伝って、現場の第一発見者はすぐに

第一発見者
第一発見者
誰かがここで殺されたのだ。

と悟ったと言います。

しかし、現場に残されていたのは大きな血だまりだけで、周辺には血液の持ち主、つまり被害者の姿はありませんでした。

通報を受けた三国警察は、被害者は現場で殺された後、神保橋の下を流れる九頭竜川へ遺棄されたと睨み、九頭竜川で大規模な捜査に望みます。

捜査の結果、警察の読みは正しかった事が証明されました。

神保橋で殺害されたと思しき被害者

  • キク
  • ツオ

の遺体が九頭竜川から発見されたのです。

残る加賀村吉の遺体もどこかで眠っているはずだと賢明に捜索を続けましたが、残念ながら彼の遺体はついぞ見つかる事はありませんでした。

青ゲットの殺人事件の経緯③捜査~時効成立

サイレンを鳴らして走るパトカー

今回の事件についてさらに詳しく調査を進めると、驚愕の事実が発覚したのです。

何と事件の夜に訪ねてきた青毛布の男が言っていた「神保村の親戚が危篤である」などという事実はなく、その日は加賀家への使いすら頼んでいなかった事が発覚しました。

これまで明らかになった青ゲットの殺人事件の犯行手口の特徴をまとめると以下の通りです。

  • 青毛布の男が嘘を並べ立てて加賀一家三名を連れ出した事
  • 幼い娘まで手にかけようとしていた事
  • 殺害方法が非常に残酷であった事

この三つの事実から、事件は加賀家に恨みを持つ人物の犯行ではないかと考えられました。

さっそく三国警察は加賀村吉に対人トラブルがなかったか聞き込みを開始するのですが、村吉本人は大変な働き者で酒も飲まず、絵に書いたような真面目な人間でした。

村吉は非常に評判が良い青年で、残念ながら彼に何かしらの恨みを抱いている人物を洗い出す事が出来なかったのです。

事件当時は監視カメラもありませんでしたから、回船問屋を訪ねた人物の特徴も「青い毛布を被っていた」事だけという点も捜査を困難にさせました。

結局、青ゲットの殺人事件の捜査は暗礁に乗り上げ、目立った進展がないまま1921年に時効を迎えてしまったのです。

青ゲットの殺人事件の犯人は誰なのか

暗闇の中、ライトに照らされてタバコを蒸す男性

結論からお話しますと、青ゲットの殺人事件の犯人は分かっていません。

また、青ゲットの殺人事件は実際に起こった怪事件であるのですが、半ば都市伝説化している部分もありネット上で一人歩きしている部分もある事件です。

例えば青い毛布が赤い毛布に変更されていたり、毛布ではなくマントを羽織っていたりと改変されたエピソードをよく目にする気がします。

ここでは、改変前であろう犯人の特徴を筆者の独断でいくつかご紹介します。

青ゲットの殺人事件の犯人の特徴

丁寧に畳まれたグレー、ライトグリーン、白のブランケット

先ほどご紹介した青ゲットの殺人事件の時系列を辿れば、青ゲットの男が犯人、もしくは犯行の重要な関係者である事は明らかです。

当時の警察も青ゲットの男の詳細について血眼で捜査を進めました。

しかし、捜査で明らかになった犯人の特徴は

  • 男性
  • 30代くらい
  • 青い毛布を頭から被っていた

この三点だけです。

現在のように監視カメラやレコーダーがなかった時代の犯行ですから、わずかに映った人相や体格、歩き方の特徴から犯人をあぶり出す事は出来なかったでしょう。

青ゲットの殺人事件の犯人が自白するも供述に矛盾点が多い

糸電話に向かって話しかける人物
私は青ゲットの殺人事件の犯人である。

青ゲットの殺人事件発生後、警察にこう自白してきた男が過去に一人だけいました。

この男は谷本任三郎と言い、青ゲットの殺人事件の時効成立から5年が経過した1926年、窃盗罪で京都府警に逮捕された人物でした。

迷宮入りかのように思われた怪事件がついに解決した。

そんな高揚感から、当時は「青ゲットの殺人事件の真犯人判明!」と各地で報道がなされたそうです。

しかし、ひとたび冷静になって谷本任三郎の犯行手口やこれまでの前科を鑑みてみると、彼の供述に不可思議な点が多々ある事に気付かされます。

矛盾点①動機と手口の整合性が取れていない

谷本任三郎は、自白した時も窃盗罪で逮捕されていたように、以前から窃盗容疑で多数の逮捕歴がある人物でした。

ところが青ゲットの殺人事件の犯行手口はどうでしょう。

わざわざ人相を隠すために青い毛布をすっぽり被り、加賀村吉→ミヨ→ツオと一人ずつ連れ出して殺害している。

しかも金目のものは奪えない手間がかかる割に身入りはゼロ。全くもって割に合わないのです。

窃盗、または強盗目的であるならばこんな手間をかけなくても押し入り強盗をした方がよっぽど効率が良いはずです。

矛盾点②谷本任三郎の証言は元々信憑性が薄い

さらに谷本任三郎の証言を眉唾物にしたのは、彼が以前からデタラメな証言を繰り返していた事でした。

警察側は谷本任三郎の証言に関して

でたらめを述べている節が二、三ある

引用:Wikipedia

と発言していた事からも分かるように、谷本任三郎の証言は元々話半分程度にしか参考にならなかったようです。

さらに、青ゲットの殺人事件に関する捜査資料は時効が成立した事で行方が分からなくなってしまっていた事から、谷本任三郎の証言が真実であるかどうかを確かめる術も無くなってしまいました。

資料を取り寄せられないといった状況も、彼の証言を立証、または反証するに至らなかった要因でしょう。

青ゲットの殺人事件は驚くほど認知度が低い

長い時間放置され風化した民家

加賀一家全員を殺害しようとした残忍さと犯人像が不明瞭である事と裏腹に、青ゲットの殺人事件は世間でほとんど知られていません。

もちろん、毎日のように国内外を問わず様々な情報・事件の報道が飛び込んでくる中、100年も前の事件について未だに関心を持っている人の方が少ないでしょう。

しかし、事件から長い年月が経っても人々の関心を集める事件は世界中にたくさんあります。岡山地底湖行方不明事件などが良い例ではないでしょうか。

岡山地底湖行方不明事件は2008年に発生した事件ですが、事件の関係者である探検部の情報は全くリークされず、状況説明のための記者会見も行われませんでした。

一緒に日咩坂鐘乳穴へ出かけていた人物達の証言も不自然な物が多いままテレビや新聞から姿を消していった事件ではありますが、未だに真相を突き止めようとする動きがあり、世間の関心の高さが伺えます。

青ゲットの殺人事件も同じようにほとんど資料が残っておらず、謎が多い怪事件だとされていますが、現在では半ば都市伝説化している事も手伝ってどこか胡散臭い雰囲気を醸しています。

この点が全てではありませんが、青ゲットの殺人事件が風化し忘れられてしまった要因の一つではないかなと思います。

編集後記

バックライトに照らされた男性

今回は100年前の未解決事件、青ゲットの殺人事件をご紹介しました。

青ゲットの殺人事件についてほとんど(というかほぼ100%)の資料が孫引きである事が歯がゆいです。

新聞記事や当時の資料が残っていないか探してみたのですが、これだ、という一次ソースは見つけられませんでした。

青ゲットの殺人事件について調べてみた結果、この事件は伝聞形式で広まっていったちょっと個性的な事件だなと感じました。

今となっては犯人もすでに老衰で生きていないでしょうから、犯人の特定は当時よりもさらに絶望的だと思います。

もしタイムマシーンのような物があったらこの事件の真相を覗いてみたいです。